- ラグジュアリーブランドは「創造性の再始動」ではなく、超富裕層に狙いを定めた排他的戦略へと転換した。
- アーカイブ再発表やVIP限定体験を通じて信頼性を重視し、1%の顧客の需要に応える姿勢を強めた。
- 文化的影響力は希薄化し、学生主導のイベントなどブランド外のカルチャーが注目を集めた。
2026年春夏のファッションウィークは「創造性の再始動」を約束していた。しかし、実際に起きたのは、ラグジュアリーの力関係が再調整され、「超富裕層」への明確な方向転換であった。
大手メゾンはランウェイの再考や新しい才能の登用ではなく、排他性を一層強めた。フロントロウにはインフルエンサーではなくセレブリティと大富豪が並び、ランウェイでは革新性よりもアーカイブの再発表が目立った。メッセージは明白であ、ラグジュアリーブランドはもはや「誰にでも届く」ことをめざしてはいない。彼らがデザインしているのは、より深く、そして定価で購入することができる「ごく一部の顧客」向けなのである。
この動きがもっとも顕著に表れたのはパリだった。10月6日、シャネルはグラン・パレでマチュー・ブレイジーによる初コレクションを壮大な照明演出のもと発表した。ローレン・サンチェスとジェフ・ベゾスが最前列に座り、キム・カーダシアン、ペネロペ・クルス、クリステン・スチュワートがそれに並んだ。前日のバレンシアガでは、ピエールパオロ・ピッチョーリのコレクションにメーガン・マークル、アン・ハサウェイ、そして再びサンチェスが来場した。ディオールの会場にはジョニー・デップ、シャーリーズ・セロン、K-POPスターのジミンとジスが姿を見せた。グッチはミラノでのランウェイを取りやめ、代わりにデミ・ムーアやエドワード・ノートンらが出席する映画上映会を開催した。
「かつて成長を支えた野心的な中流階級は、価格の高騰によって締め出されてしまった」と、ドグマのチーフブランドオフィサーでありドット・ドット・ドット・パートナーズの創設者でもあるクリストファー・モレンシー氏は語る。「今残っているのは、上位層でより深く購入する顧客だけだ。より安く買いたい人々は、美容やリセール、コラボレーションといった周辺で買うしかない」。
アーカイブ回帰と限定体験で信頼を再構築
この再編はブランドが誰を代表者として選ぶかにも表れている。「今シーズン、ブランドが起用するのはメガインフルエンサーではなかった」と、コンサルタント会社EMCパリの創業者エミリー・メナディエ氏は言う。「フロントロウの顔ぶれはより保守的になった。私のクライアント(インフルエンサー)の一部はその変化を感じ取っていたが、ブランドにとっては新たな出発だった」。
複数のショーに登場したローレン・サンチェスの存在は、フィリップ・プレインが仕掛けた新規顧客獲得戦略が広がりを見せていることを示唆している。「かつては軽視されていた層へのアプローチが、今や受け入れられつつある」とモレンシー氏は言う。「業界はプレインが最初から理解していたこと、つまり実際に買っている人のためにデザインすべきだということに追いつきつつある」。
ブランド戦略調査会社マターの創業パートナー、ロビン・メラリー=プラット氏も、意図は明確だったと述べる。「今シーズン、ラグジュアリーブランドにとってもっとも重要な目的は、自分たちがなぜいまだにラグジュアリーと同義なのかを正当化することだった」と語る。「パンデミック後の貯蓄が尽き、富裕層のあいだでもブランドの過剰露出が意識されるようになって以来、ラグジュアリーは存在意義の危機に陥っている」。
メラリー=プラットによれば、1%の富裕層が求めているのは「徹底的な顧客対応と限定的な商品展開」だという。今季のファッションウィークでは、ブランドはこの需要に応えるべく、オートクチュール級のクラフツマンシップと、VIP限定の親密な体験を提供するショー形式を採用した。
シャネルの2026年春夏コレクションは、ブレイジーの洗練されたビジョンが高く評価された一方で、ココ・シャネルのメンズウェアの伝統を直接参照したシャツや装飾コートが中心となった。バレンシアガは、デムナ時代の定番アイテムであるロゴボンバーやアワーグラスジャケットを再発表した。ディオールは、クラシックな「バー」ジャケットやシアーなシルエットに焦点を当てた。
3ブランドすべてで、アーカイブコードが新しいシルエットを凌駕した。「プレタポルテへの再注力とアクセサリーの継続的な好調は、店頭で反響を得ているものと一致している」と、ハロッズのファッションバイイングディレクターであるサイモン・ロングランド氏は語る。ハロッズの顧客基盤の大半は富裕層の1%であり、同社の決算によれば、トム・フォードのウィメンズウェアを含む多くのメゾンが新たな旗艦スペースをオープンしているという。
「ブランドは信頼性をますます重視するようになっている」とモレンシー氏は言う。「だからこそ、過去のヒット作に回帰している。重要なのはイノベーションではなく、人々に安心して購入してもらえるようにすることだ」。
ブランドが見逃したカルチャーモーメント
専門家らは、1%への焦点がブランドの威信を守る一方で、文化的な存在感を損なう危険があることにも同意している。「もはやファッションがインクルーシブだと装うのはやめた」とモレンシーは言う。「超富裕層のためにデザインするという新たな正直さが生まれている」。
このアプローチは富裕層の顧客には安心感を与えるが、同時に見逃された機会も露呈した。ブランドが排他性と伝統に固執する一方で、若い世代や憧れのファッションファンは、依然として姿を見せていた。ただし、必ずしもブランドが狙っている場所にいるわけではないのだ。
ブランドはソーシャルメディア上で一定の注目を集めた。シャネルのショーはインスタグラムで2770万回再生され、バレンシアガは3140万回再生を記録した。
しかし、パリで最大の話題となったのは、ブランドが仕掛けたものではなかった。パリを拠点に活動するクリエイターが主催する、ライアス・ウォッチ・パーティー(Lyas Watch Party)では、2000人のファッション学生がパリのショーをライブ視聴し、ブレイジーによるシャネルのデビューコレクションをシーズン最高と評価した。「それは本当の意味でのカルチャーモーメントだった」とメラリー=プラット氏は言う。「ブランド自身がそれをやることもできたが、やらなかった。次はスポンサーとして関与するかもしれないが、同じ感動は味わえないだろう」。
モレンシー氏も同意する。「それはおそらく、1週間でもっとも興味深い出来事だった。学生たちがリアルタイムでファッションについて議論していた。それは多くのブランドが自社チャンネルで得られるエンゲージメントよりもよりリアルだと言えるだろう」。
パリ・ファッションウィーク期間中にグラン・パレで開催された展覧会「Virgil Abloh: The Codes」も対照的な光景を提供した。故デザイナーのアーカイブから1000点以上のアイテムが展示され、ファッションが「購買力」ではなく「アイデア」によって築かれるとき、どのような可能性を持つかを業界に改めて認識させた。「多くのランウェイショーよりも優れた文化的貢献だった」とモレンシー氏は述べる。
高度なクラフツマンシップとショー演出にもかかわらず、パリを去る際に業界関係者の多くは「システムが変わった」とは感じなかった。「ジョナサン・アンダーソン、ブレイジー、ピッチョーリのような優れたデザイナーはいる」とモレンシーは言う。「だが、誰も何も再定義してはいない。これはリセットではなく、現状維持だ」。
[原文:During Fashion Month, luxury doubled down on the 1 percent]
Zofia Zwieglinska(翻訳・編集:坂本凪沙)