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ビジネス

スタバ発「抹茶ブーム」が市場を壊す? 価格高騰と中国産台頭の危機に、日本の主要茶商社38社が「緊急共同声明」を出した理由

中丸徹
05/05/2026 06:00:00
非営利型一般社団法人International Matcha Associationのリリース文
非営利型一般社団法人International Matcha Associationの公式サイトより。
Business Insider Japan

世界中で巻き起こっている「抹茶(Matcha)ブーム」。インバウンド旅行者が国内の抹茶カフェに長蛇の列を作り、海外のカフェチェーンでも「抹茶ラテ」は定番メニューとして定着している。

しかし、この華やかなブームの裏側で、日本の茶業界はかつてないほどの「構造的危機」に直面している。

2026年5月5日、非営利型一般社団法人「International Matcha Association(以下、IMA)」と国内主要茶商社38社は、世界の抹茶市場の健全性と持続的発展に向けた「緊急共同声明」を発出した。

なぜ今、国内の主要企業が横断的に結束し、異例とも言える緊急声明を出すに至ったのか。IMAの代表理事であり、自らも茶道家・茶業家として最前線に立つ岩本涼氏の訴えを交えながら、抹茶ビジネスが抱える知られざるリスクと、日本の生き残り戦略を紐解く。

カフェ市場への進出と、急激な価格高騰の「罠」

非営利型一般社団法人International Matcha Association

「昨年の夏頃から、急激な需要のスパイク(急上昇)が起きています。夏や秋に取れるお茶の価格は、1年で約2.5倍から3倍に跳ね上がりました」と岩本氏は「インサイダ」のインタビューでも語った。

この背景にあるのが、抹茶の「外食化」と「グローバル化」だ。抹茶は元来、茶室などで消費される「内食」の産業だったが、2008年にスターバックスが抹茶ラテを世界的に導入したことで状況は一変。日本で生産され、日本で消費されていた抹茶が、突如としてグローバルなカフェ市場のプラットフォームに乗ることになったのだ。

価格高騰は一見すると生産者にとって喜ばしいニュースに思えるが、実は大きな罠が潜んでいる。飲食業界において、飲料の原価率は一般的に15〜20%以内に収める必要がある。抹茶の価格が上がり続ければ、カフェチェーンは利益を出せなくなり、「取り扱いをやめる」という判断を下しかねない。

つまり、価格の上昇が既存の流通(サプライチェーン)を崩壊させ、最大の出口であるカフェ市場そのものを消滅させてしまうリスクがあるのだ。

今回の緊急共同声明でも、急速な需要拡大に対する「生産・加工・流通体制の逼迫」と、「品質と価格の不整合」が構造的課題として名指しで指摘されている。

「日本と同量」を生産する中国産の脅威

さらに日本を追い詰めているのが、中国を始めとする海外産抹茶の台頭だ。

岩本氏によれば、現在中国はすでに日本の生産量(約5000トン)とほぼ同量の抹茶を生産しているという。茶室で飲むストレートの抹茶としては日本の品質に追いついていないものの、ミルクや砂糖と割って提供される「抹茶ラテ」の市場においては、消費者には違いが分からないレベルにまで品質が向上し、むしろ雑味がパンチある抹茶テイストとして受け止められるまでになっている。

価格は日本産の3分の1から半分程度。すでに海外に進出している中国系のカフェチェーンなどでは、安価な中国産抹茶への切り替えが進んでいる。このまま価格が高止まりすれば、世界中のカフェが日本産から安価な他国・地域産へと乗り換える「コモディティ化」が一気に進む可能性がある。

さらに危機感を高めたのが、世界市場における「抹茶の定義」が存在しないことだ。緑色に着色されただけのパウダーや、他の植物の粉末が混ざったものまでが「Matcha」として流通しているのが現状であり、日本産の品質やブランド価値が正当に評価されない事態となっている。

主要38社が結束。4つの基本原則が示す「覚悟」

こうした危機感から発出されたのが、今回の「緊急共同声明」である。声明では、抹茶のバリューチェーンに関わるすべての主体に対し、以下の「4つの基本原則」を尊重した責任ある行動を強く求めている。

  1. 公正な取引: 透明かつ明確で履行可能な条件の下で取引を行うこと。
  2. 品質と価格の整合性: 価格は品質及び規格を適切に反映し、市場の信頼を損なう不合理な乖離を生じさせないこと。
  3. 持続可能な事業環境の確保: 生産者だけでなく、流通、加工、販売に関わるすべての主体が適正な対価を得て事業を継続できる環境を作ること。
  4. 市場全体への責任: 短期的な利益の追求にとどまらず、市場全体の信頼及び価値を損なわない行動をとること。

これは単なる業界内のマナー喚起、という動きにはとどまらない。世界市場で戦うために、「適正な価格で、適正な品質のものを提供する」というルールを日本主導で明確にし、バブル的な価格高騰を鎮静化させ、持続可能な市場を自らの手で作ろうという、抹茶業界の取り組みだ。

残された時間は「1年半から2年」

「日本の国内の利益を最優先するよりも、世界の抹茶の需要を『持続』させることの方が実は大切です」と岩本氏は警鐘を鳴らす。もし世界の需要がクラッシュすれば、大きな設備投資をした生産者や業者に行き場はなくなり、業界全体が倒産の危機に瀕するからだ。

そのためには、日本主導で「国際的な抹茶の定義や品質基準(グレーディング)」を定め、ミルクやコーヒー業界など他産業も巻き込んだ枠組みを急ピッチで構築する必要がある。

和牛や日本酒がたどってきたように、ローカルな名産品がグローバルな産業へと脱皮する過程には、必ずルールの乱立とブランドの毀損という試練が待ち受けている。

岩本氏は「短ければ本当に1年半から2年くらいの間で、全ての仕組みを整える必要がある」と語る。ブームに沸く今この瞬間こそが、日本の抹茶産業が「消費される一過性のトレンド」で終わるか、それとも「世界に冠たる持続可能な産業」へと進化できるかのラストチャンスとも言える。

日本の茶業界が放ったこの「緊急声明」は、単なる農業・食品業界のニュースにとどまらない。独自のプロダクトを持って世界へ打って出ようとするすべての日本企業にとって、極めて重要なビジネス・ケーススタディとなるはずだ。

提供元 Business Insider