イランの中心部、広大な砂漠地帯の中にひっそりと佇む都市、カシャーン。ここは古くからオアシス都市として栄えてきた場所であり、多くの商人や旅人が砂漠を渡る際の重要な中継地でもありました。カシャーンを歩くと、古くから根付くペルシャ文化の豊かさや、人々の生活の知恵が至るところに感じられます。
カシャーンは、イランを代表する伝統的バザール(市場)が今も活気を保っています。このバザールは、複雑に入り組んだ細い路地やアーチ型の天井が特徴的で、数百年の歴史を持っています。バザールの中には、香辛料や手織りの絨毯、美しい陶器、伝統的なスイーツを扱う店が所狭しと並んでいます。その香りや色彩、活気ある商人たちの声が交わる光景は、まるで時を超えた旅に誘うようです。
バザールの中で最も見逃せない建物の一つが、アミール・アフマド・ハンマームと呼ばれる伝統的な公衆浴場です。18世紀に建てられたこの浴場は、美しいタイル装飾と精巧なアーチが印象的で、かつては地元住民の交流の場でもありました。現在は博物館として公開されており、ペルシャ式の入浴文化や日常生活がどのように営まれていたかを垣間見ることができます。
カシャーンの魅力は、バザールだけにとどまりません。市内には数多くの歴史的邸宅やドーム型の建築物が点在しています。特に有名なのが、19世紀の裕福な商人一族が住んでいたバーグエ・ボルージェルディ邸やタバータバーイ邸です。これらの邸宅は、見事な石膏細工、色彩豊かなステンドグラス、大きな中庭を持ち、当時の贅沢な暮らしぶりを今に伝えています。細部にまでこだわったペルシャ建築の粋を、ぜひ足を運んで体感してみてください。
オアシス都市らしさを象徴するものとして、カシャーン郊外に広がるフィン庭園(バーゲ・フィン)が挙げられます。ユネスコ世界遺産にも登録されているこの庭園は、イランの伝統庭園の傑作と称される名所です。庭園内には清らかな水路が張り巡らされ、豊かな緑が砂漠の中に清涼さをもたらします。17世紀のサファヴィー朝時代に築かれたこの庭園は、建築と自然が美しく調和した空間で、ゆったりとした時間が流れています。
フィン庭園の中心には、かつての王族のための浴場や迎賓館が残り、歴史的エピソードも豊富です。例えば、近代イランの父と讃えられるアミール・キャビールがこの庭園で暗殺されたという逸話は、今も多くのイラン人の記憶に残っています。
カシャーン周辺は、春にはバラの花が咲き乱れることで有名です。この時期は「バラ水」作りのシーズンであり、市内や近郊の村々では伝統的な方法によるバラ水の蒸留が盛んに行われます。出来たてのバラ水は香り高く、お土産としても非常に人気があります。地元の市場や専門店では、石鹸や化粧水など豊富なバラ製品が並び、その香りを楽しむことができます。
カシャーンは、日干しレンガの家並みや青いタイルのドームが点在する、落ち着いた雰囲気を持つ都市です。暑い夏も、伝統的な風の塔(バードギール)によって涼しい空気を室内に取り込む工夫がなされており、古来の砂漠生活の知恵を実感できます。
この街を舞台にしたペルシャ詩や伝承も豊富で、古くから芸術と学問の街としても知られてきました。現代でも多くの芸術家や職人が暮らし、伝統工芸や文化が息づいています。観光客向けのワークショップや工房見学など、体験型の観光も充実しています。
食文化においても、カシャーンは独自の魅力を持っています。バザール周辺では、サフランやピスタチオを使った伝統菓子や、ハーブをふんだんに使った家庭料理が楽しめます。特に「ショレ・ザルド」と呼ばれるサフラン入りのお米のデザートは、甘さ控えめで日本人の口にもよく合います。
アクセスについても、首都テヘランからバスで数時間と比較的行きやすい距離にあり、個人旅行者から家族連れまで幅広く楽しむことができます。砂漠地帯でありながら、水と緑が調和するカシャーンの景観は、他の都市にはない特別な魅力があります。
カシャーンは、歴史や文化、美しい自然がコンパクトに詰まった旅先として、イランをより深く知る上で欠かせない都市です。伝統と現代が溶け合うこの砂漠のオアシスで、ペルシャの悠久の時を感じてみてはいかがでしょうか。